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僕の居場所


 透き通るような空の青を眺めながら、僕は緑の上に寝転んでいた。芝の匂いが鼻に触れると、どうでもいいことなんか忘れてくる。
 きっと僕は何もかもを忘れたいんだと思う。こんなことをしているほど暇じゃない。だけど足は動かなかった。
 流れる風が頬を撫でる。今まで風を意識して感じたことはなかった。涼しさが心地よい。
 木々のざわつきが耳を刺激するたびに、なんともいえない気持ちになる。落ち着いた、それでいてなにかに誘われるような、そんな気持ちだ。
 あぁ、僕は魅せられているのだろうか。ぽっかりと空いた心の中に染み渡るかのようだ。僕の足はますます動かなくなる。
 目を閉じる。視界から青がなくなる。だが落ち着いた気分はますます高まってきた。
 いっそこのまま寝てしまおうか。そんなことを考えながら、僕は立ち上がる。
 人工的に植えられた芝生。これは自然といえるのだろうか。そんなことを考えながら、僕はその場を去っていった。


 人の一生は短い。そう気付いたのはいつだっただろう。
 僕は短い人生の中で自分を探していた。もちろん、僕は僕だ。探すような大層なものじゃないし、きっと探し当ててもつまらないものだろう。
 僕が探しているのは、僕が僕であれる場所。僕を受け入れてくれる場所だ。そんなものがあるのかどうかは分からないが、生きているうちに見つかれば、とも思う。
 僕が僕であれる場所とはどういうことだろうか。それは僕にもわからない。だけど僕は思う。きっと僕のことが好きな場所なんだ。
 休日はバイクで色々なところを回った。近所の公園、植物園、霊園。果ては観光名所なんかも巡っている。友人には旅行好きの太鼓判を押されているが、僕はちっとも楽しくなかった。僕を受け入れてくれる場所はなかったんだ。
 そして今日もどこかに向かう。最初は地図でめぼしいところをチェックしていたがやめた。もう近くはあらかた探してしまったのだ。
 バイクのエンジンは唸りを上げ、風を切って前へと進む。前のトラックの排気ガスは容赦なく僕を襲う。気分は悪いが仕方ない。
 公園を見つければ必ず止まったし、博物館や美術館を見れば必ず入っていった。興味は尽きないが、それでも再び行く気分にはなれなかった。
 そして今日も日が暮れる。今日も見つからなかった。僕は落ち込む気分を引きずって、帰宅することにした。
 緋色の夕焼け。僕を照らし出すのはどうしてだろう。毎日僕に会っているというのに、飽きないのだろうか。
 気がつけば、近くの植物園にいた。なんということはない。ただここに来たかっただけだ。
 夕焼けに照らされた植物たちが、僕を優しく出迎えてくれる。以前見た青い空はなく、ただただ赤かった。それだけで、ここが別の場所に見える。
 寝転ぶと芝の匂いがした。以前と変わらない、だがほんのりと冷たい感触だ。
 僕は目を閉じた。今日はなんだか気分がよかった。


 休日明けに大学に行くと、僕のプチ旅行の話が広がる。取り立てて話すことなどないのだが、ここに公園があった、ここからの眺めは絶景だったと、写真を交えて話す僕に自然と人が集まってきた。その代わり、僕もみんなの話を聞く。僕も楽しんでいるのだから、代わりというわけではないのだろうが。
 友人たちは先週僕が勧めた場所に行ってきたらしい。展望台からの眺めがよかったので写真を見せたら、是非行ってみたいとのことだった。本当は僕も誘われていたのだが、一度行った場所にもう一度行く気にもなれなかったのだ。
 今度は随分前に僕が行った場所に行く計画らしい。友人が親父さんから車を借りて、大勢で行くらしかった。当然僕も誘われた。
 僕は断る気でいた。だが昨日のことを思い出す。あの植物園は昼と夕方で随分と雰囲気が違っていた。きっと季節によっても違うだろう。もう一度行ってみるのもいいかもしれない。
 僕は初めてみんなの誘いを受けた。みんなは笑顔で僕を迎えてくれた。
 そしてどこか浮ついた気分で受けた講義も今日で終わり、週末に入った。
 僕は助手席で友人のナビをした。本当は僕が運転できれば早かったのだろうが、僕は車の免許を持っていない。
 友人は何度も道を間違えた。その度に後ろからは、歓声ともブーイングともつかない野次が飛んだ。友人は笑って文句を言う。僕も笑顔で言った。旅は道を間違うから楽しいんだ、と。
 目的地に着いた。随分と時間がかかってしまったことに文句が出た。だが誰も笑顔は崩さなかった。
 やはり景色は最高だった。一面の芝生に牛たちが戯れ、近くではミルクが売られているらしい。僕たちはみんなでソフトクリームを買って食べた。並んでいる間も苦じゃなかった。
 そして僕たちのプチ旅行は終わる。みんな思い思いの場所で降りていく。祭りの後のようで寂しかったが、もう一度行けばいいのだ。
 僕も礼を言って降りる。その時友人からのお礼の言葉が嬉しかった。
 僕は家に帰ると地図を広げた。来週はどこに行こうか。そんなことばかりを考えていた。


 最近おかしなことがある。プチ旅行がつまらなくなったのだ。
 今日も陰鬱とした気分でバイクのエンジンをかける。確かに僕を受け入れてくれる場所は見つからないが、こんなにも気乗りのしないことはなかった。なんだかんだいって、僕は旅行が好きだったんだと思う。
 バイクのエンジンを止め、僕は家に戻る。こんな気分では行く気になれなかった。
 次の日、友人たちは驚いた。僕が行かなかったことが不思議だったのだろう。それほど僕は頻繁に旅行に行っていたからだ。
 だが次の週も、また次の週も僕は行かなかった。気乗りがしない。単純にそんな理由だ。僕を受け入れてくれる場所はまだ見つからない。僕は諦めてしまったのだろうか。
 次の週はバイクのエンジンをかけた。行くことで気分が乗るかもしれない。そう思ったからだ。
 僕はこの前みんなで行った牧場に向かった。あそこは楽しかった。だけど、今の僕には随分と色褪せて見えた。
 僕はふらふらと帰宅する。情けない。志半ばで挫折するのだ。僕を受け入れてくれる場所なんて最初からありはしなかったのかもしれない。
 僕はバイクを置くと、自然と足は植物園に向かっていた。なんてことはない。ただ来たかっただけだ。
 植物園に着くともう夜になっていた。閉園時間は間近だが、僕は迷わず入っていった。
 夜の暗闇に、月の光で照らされた植物。青でも赤でもなく、ほの暗い。
 寝転んで見るとやはり芝の匂いがする。僕を迎え入れてくれる唯一の場所だった。
 だが僕を受け入れてくれる場所はここじゃない。人影さえない夜の植物園は、僕の心を冷たくしていく。
 僕は立ち上がる。もうここには来ないかもしれない。好きだったのに、なぜかこんなに寂しいのだから。


 友人たちが次の旅行をたてている。僕はもう興味がなかった。僕のプチ旅行はもう終わったのだ。
 友人たちが僕に相談してくる。いつものことだ。僕はデジカメを取り出し、色々なところを見せた。
 友人の一人の手が止まる。あの植物園の写真だ。そういえば友人にここを紹介したことはなかった。
 近場ということもあり、講義が終わってみんなでここに行くことになった。僕の気分は晴れなかったが、友人たちは強引に僕の手を取って連れて行った。
 コンビニでおにぎりを買い、植物園に辿り着く。僕は何度も通ったゲートなのに、友人たちは歓声を上げて笑い合う。
 僕は中に入ってとっておきの場所にみんなを連れて行った。いつも僕が寝転んでいる場所だ。秘密にしようという気はなかった。
 みんなで寝転んで空を見上げる。話すことはない。ただみんなで青い空を眺め、白い雲を目で追う。それだけだった。
 自然がいっぱいね。友人の一人はそう言った。
 僕は答えた。だけどこれは人が植えたものだよ。
 別の友人は続けた。でも植物はそんなこと考えずに、一所懸命生えてるだけじゃないかな。
 僕はそんなことを思いはしなかった。いつか自分だけに訊ねた問い。その答えは、すぐに返ってきた。
 僕は笑った。友人たちは驚いたが、一緒に笑う。植物園にみんなの笑いが響いていく。僕はこの瞬間、心底楽しいと思った。
 僕は、探し物を見つけたのだ。


 次の休日、僕たちは集まっていた。友人の親父さんから借りた車に、僕が助手席で指示しながら、何度も道を間違えて、文句に文句を返しながら、目的地へと向かっていく。
 そんな僕のプチ旅行。もう探すものはないけれど、僕はこの旅行が好きだ。
 自分を、そして自分を受け入れてくれる場所を探す人たちへ、僕はこう話したい。
 探す必要は、ないのだと――

fin


この作品はペンギンフェスタ用に書き下ろされた作品です。

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