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俺にできること


「教授。これどうしましょうか」
「あぁ。それくらいなら流していいよ」
 ここは小さな実験室。教授と俺は今日の実験を終え、その後始末をしていた。実験道具を片付け、ビーカーやフラスコを洗う。そして薬品の処理。
 俺は言われたとおりに薬品を水と一緒に流していく。だがここの水道は川へと流れていくはずだ。俺はいつも考えていたことを口にだしていた。
「流して問題ないんですかね」
「それは問題ないよ」
 俺の疑問は一蹴された。わかってはいるのだ。だが昔習ったある問題が、俺の頭を離れない。
「それは分解されるからね。人体に影響はないよ」
「なら植物には?」
「大丈夫だ。君も知っているだろう。危ないものはきちんと処理しているじゃないか」
 確かに。俺は背後のポリタンクを見る。無機、有機の危険な物質はあそこに溜められ、あとで処理業者に委託するのだ。
「でももし、万が一。私たちの知らない影響があるかも知れないじゃないですか」
「それを言っていたらきりがないんじゃないかね?」
「それはそうですけど……」
「スクロースは流しても問題はないだろう? 自然にあるものだ。なら金属はどうだろう。自然にあるものだろう? だがそれも種類による。その影響のあるものだって基準値が設けてあるんだ。要は線引きの問題だよ。昔と違って、今はだいたい物性がわかっているからね。その線がはっきりわかってきている」
 教授の言うことだから問題はないのだろう。そう納得できればどんなに楽だったか。人の作った基準を満たしているから安全だとどうして言えるのだろうか。数字が全てではないはずだ。
「先生。私は公害が心配なんです」
「どうしたんだね。突然」
「昔学校で習ったでしょう。あれが頭から離れないんです。当時苦しんだ人々がいる。そして今も苦しんでいるんです」
 化学物質の人体への影響は計り知れない。そしてそれが子へ、孫へと遺伝していくのだ。公害はまだ終わっていない。いつ終わるかすらわからないのだ。
「公害を起こすような物質は処理しているじゃないか」
「頭ではわかっているんです。しかし、もしかしたらと思うと……」
「君の気持ちはわかるよ。しかしね、人も馬鹿ではないのだ。私だってこの近くに住んでいるんだ。問題のある物質を流すわけがない」
「他の場所ならいいんですか?」
「いや、言い方が悪かった。つまり、人は自分の首を絞めることはしない、ということだよ。自然を汚せば人に返る。それは君の言う公害で身に染みているはずだ。だから人は自然を守って生活しているよ」
 それもわかっている。現にあらゆる問題に対策は為されているのだから。それがどんなに遅くとも。
「納得できないようだね」
「……はい」
「では君にふさわしい研究室を紹介しようじゃないか」
 教授はそう言って奥の部屋へと入っていった。
 俺は握っていたビーカーを見つめる。大量の水とともに流した薬品は既になく、中身は空っぽだった。
「連絡を入れておいた。今から行ってみるかね?」
 教授は扉から半身を乗り出し訊ねてきた。俺は無言で首を縦に振った。
 俺にできることは何があるだろうか。その研究室に入って何が出来るのだろうか。人一人のちっぽけな努力が、いったいどれほどの力になるのだろうか。
 だが今の俺に他の事は考えられなかった。人の不始末を人が取れないでどうするというんだ。今は多くを学び、現状、そして未来を考えるだけだ。
 俺は教授の後ろについていく。一つの問題が解決しようとも、新しい技術が生まれ、それに伴い問題はまた山積みされるだろう。正直俺の力では及ばないかもしれない。だが一人の人間として、努力していきたいと思う。人の作った問題を解決できる者は、俺たち人しかいないのだから。

fin


この作品はペンギンフェスタ用に書き下ろされた作品です。

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